井上さん
先日、車移動していると 目の前を猿の一家が横切っていきました。総勢10匹程で、食べ物を探しに山を降りてきたようでした。 先に、すばしっこそうな2匹が様子をうかがいにきていて、少し経ってから体格の良いボスらしき猿と子猿を2~3匹背負った猿がゆっくりと畑に向かって行きました。背中にしっかりとしがみついている子猿と、そのことを当然として食べ物(生きていかないといけませんから)を目指している親猿の姿は 家族のあり方の基本そのものでした。 日本の昔話に猿が登場しますが、とても近い存在だったのだろうと実感した出来事でした。
出会うことで心が動いたり、想像の喜びを感じることができたり。体験する前には無かった感覚が、体験した後に芽生えているというのは、とても不思議です。 以前(もう随分前になりますが)、井上さんから「心が動いたことが核となって、それはどんどん大きくなっていく」といったお話を聞いた時、ピンときていませんでした。しかし、その後『季刊 子どもと本』を通じて出会った本で、何ともいえない優しさや美しさや力強さのようなものが心を覆った体験は、ずっと消えません。本だけでなく自然や食べ物でも同じくらい心、動かされるものに出会ったとき、その中心部分が太くなるような感じがします。往復書簡の1回目のお返事にある「読み続けてきた本が、見えないところで力になってきてくれている」ということが、ようやくわかってきたように思います。 たくさんの情報があるなかで、五十代で子どもの本やさんに出会われたり、セミナーに参加される方がおられることは、奇跡のように思います。豊かな自然や文化も残そうとしなければ一瞬にして無くなってしまいますから、出会うことのできた自分は、しぶとく、できることをやっていきたいと思います。
今度、小学校の2年生と保護者さんたちへ、本のことをお話しする機会を頂きました。 現代の日本の家庭環境は様々です。私は以前、夜間保育と昼間の保育を併設した保育園に勤めていました。保育園の開園時間は7:00~26:00。登園してくる時間も帰る時間も様々。家庭環境も様々。そこでとても大切にされていたのは『環境』でした。 職員の立ちふるまいもですが、置かれている物・使う道具などはシンプルでかつ美しいものをということを考えて用意してありました。そんななかで過ごす子どもたちは、ひとつずつ感覚や感性を自分のものにしていき、生きる力にしているようでした。
小学2年生ともなると、もうしっかり自分の好みを自覚していますから、全くつまらないものには見向きもしないでしょう。今度 逢う 子どもたちがどんな幼少期を過ごし、どんなお話に出会ってきたのか想像しながら当日のことを考えています。今からとても楽しみです。
子どもの本やさんの近くには小学校がありますが、今年の夏休み、本屋さんへやってくる子どもたちの様子はいかがでしたでしたか?教えてください。
2022年9月5日
伊藤寛美
拝復 伊藤さん 6回目の往復書簡のお手紙をありがとうございました。猿の一家に遭遇され、日本の昔話に猿が登場し、とても近い存在だったのだろうと実感したと書いておられました。「日本昔話百選」(三省堂)の中の「狼の眉毛」は好きな話のひとつなのですが、それを読むと、動物と人との関係が今よりもっと近かったのだろうと感じます。狼が「お前は真人間じゃ。」と言って助けてくれるのですが、実際はそういったことはないでしょう。しかし、そういったこともありえるという関係(心と心との)だったのだろうと思われ、そこに生きていくことの望みのようなものが伝わってきます。
この夏、「ともしびをかかげて」(ローズマリ・サトクリフ)を20年ぶりぐらいに再読しました。読み終え、人に対し自分に対し正直に誠実に生きる人としての道を、サトクリフを含め読んできた すぐれた作家より学んできたのだと改めて強く思いました。私はこのような人達に出会いたいため、そこに喜びを感じながら、本を読んでいるのだと思います。
来店されたお客様との会話の中で、子どもがいつごろから字を書くようになったかという話になりました。息子は読むのも書けることも全くなく小学校に入学したのですが、今日はこの字を習ったと嬉しそうに毎日言っていたのを思い出しました。知らなかったことを知った喜びを感じていたのですね。その後 息子のペースと授業のペースが合わなくなり、喜びの声も出なくなりました。今、子どもの世界を見ると、喜びに出会う機会が少なくなってきているのではと思います。大人が前もって準備をして子どもに出会わせるため、初体験で感じる喜びが失せてしまっているのではと。喜びを感じることを、大人が奪ってしまっているのかもしれませんね。
今年の夏休みは猛暑とコロナで親子での来店が少なかったです。それでも何組かいらしてくださり、子どもたちのおしゃべりにずいぶんと和まされました。
8月末に高校3年生のK君がバイトの前に「まだ、お店があるかと思って。」と寄ってくれました。「まだ続けてるよ。K君に子どもが出来たら買いに来てね。」と言うと「来るよ。」と言ってバイト先へと走り出しました。「2歳半からでいいからね。」と走って行くうしろ姿に声をかけると、立ち止まり手を振ってくれました。 K君とは彼が小学校1年生の時 出会い、4年生の時 友人と本を聴きに来てくれたこともありました。1冊読み、次は少し寂しい本がいいという注文に、「赤い目のドラゴン」(リンドグレーン文)を読みました。読み終わると感想をそれぞれ言ってくれK君は「ぼくも大人になったら このように家を出ていくのだろうね。」と言い、ドラゴンの方に気持が重なったんだなと思ったことでした。 K君の子どもが2歳半になるまで続けなくてはと思った この夏でした。
2022年 9月19日
井上良子
過去の往復書簡の掲載案内
1回目 2021年6月23日
2回目 2021年8月20日
3回目 2022年2月5日
4回目 2022年5月25日
5回目 2022年8月15日
「ありがと書店」さんホームページでもご覧いただけます。
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