2022年5月25日水曜日

「ありがと書店」伊籐さんとの4回目の往復書簡

 井上さん

『季刊 子どもと本』第168号、拝読しました。

私が山本まつよさんにお会いしに代々木の事務所へ伺いましたのは2013年、『季刊 子どもと本』を勉強し始めて1年ぐらいの頃です。

その時期、東京へ行くことがあり、地図の右も左もわからないなか、夫の「ご迷惑かもしれないが、この機会にダメもとでお訪ねしてみた方がいいんじゃないか?」という言葉と、事務所へ伺う直前に井上さんにお電話した際、井上さんがお聞かせくださった山本さんのご体調を心に留めながら、『季刊 子どもと本』に掲載されている住所を頼りに訪ねさせていただきました。図々しく押しかけた割に、到着した時の私はかなり緊張しており、その様子に戸惑われたと思うのですが、青木さんが応対してくださり、奥の部屋へと案内してくださいました。

お部屋にはいると山本さんがいらっしゃいました。

福岡でちいさな絵本屋をやっていることや、『季刊 子どもと本』で子どもの本のことを勉強しているというようなことをお話させていただいたと思います。山本さんとは二言三言、言葉を交わさせていただいただけではありましたが、そのときの、山本さんのお使いになる日本語の響き、そのトーンの美しさは、今でも忘れられません。

その声で文庫の子ども達が本を読んでもらったり、お話を聞いてもらったりしているというのはとても豊かで贅沢な時間に違いないと、うらやましく感じながら事務所をあとにしたことを憶えています。

追悼文からは、山本さんが子どもたちから発見し、示し続けてこられたものが継承されているのを感じました。

いま、リリアン・H・スミス 著 石井桃子/瀬田貞二/渡辺茂男 訳の『児童文学論』(発行1964年 岩波書店)を読み終えたところです。原書は1953年に発行されています。そのなかに「子どもはおとなの父」という言葉がありました。

『季刊 子どもと本』創刊号では山本さんが「この世界で私たちの案内役は、子どもをおいてありません。ですから大人は、いつも謙虚に子どもたちと向き合い、子どもから学べばいいのです。」と教えてくださっています。

まつよさんが書かれているように「謙虚に子どもたちと向き合う」ということはとても難しいことですが、井上さんの話してくださる経験談や、子どもと本で紹介されている文庫に来る子どもたちの様子を知ると、肩の力が抜け、子どもたちの感性のたしかさを再確認し、やはり子どもたちのそばには上質な本があるべきだ、との思いを未熟なりに強くさせていただいております。

山本まつよさんから受け取られたことを、私は井上さんにたくさん教えていただいています。そこで、改めてお願いしたいのですが、ぜひ、この往復書簡にそのなかのひとつだけでも書いていただけませんでしょうか。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

 2022年4月5日

 伊藤寛美


伊藤さん

4回目の往復書簡のお手紙をありがとうございました。

山本まつよさんにおしえていただいたことは たくさんありますが、特に 私の中で大きかったことを書きます。

私が山本さんに初めてお会いしたのは、福岡での第2回目のセミナーがあった1983年8月です。初級セミナーの「絵本」は受講生が好きな 気になる絵本を持ち寄り、その中からと東京よりお持ちくださった絵本から数冊を山本さんが読んでくださってました。持ち寄りの一冊に「しろいうさぎとくろいうさぎ」があり 読んでくださってから「お好きな方?」とお訊ねになりました。私も含め何人もの人が手をあげました。「どこがお好きですか?」という問いにある方が好きなところや感想など言われ、その方と山本さんとのくり返されるやり取りから、私がこの絵本が好きなのは、私の中にあるセンチメンタルな感情からくるものなのだということがはっきりとわかりました。自分の中にセンチメンタルな感情があることに気づいた瞬間でした。

 それまでに読んでいた本の中にもセンチメンタルな本があり、それをよしとしていたのは内容ではなく、それに涙する自分に酔っていたのだと気づきました。 その後 たくさんの本を読んでいく中で 今ではセンチメンタルなところでは本は読めない、本質に辿り着けないと はっきり わかります。

 もうひとつは、1985年6月の第1回目の熊本セミナーに参加をし、質問をしたことです。娘が1歳9ヶ月になっていて、2歳半前でも楽しめないかとしつこく質問をしました。最後に山本さんは「あなたがそう思われるのでしたら そうなさったら。わたくしはいたしませんけど。」と仰いました。山本さんは そうされないんだ、やはり意味のないことなのだと感じ すとんと落ち、ぐちゃぐちゃしていたことがすっきりしたのを覚えています。

現在までの我が子を含め 子どもとの関りから、何と拙い質問をしたのかと恥ずかしいです。その愚かな質問にも山本さんは まっ正面からきちんと向き合い答えてくださいました。

自分の中にあったセンチメンタルの気づきと、子どもが本(文学)と出会える年齢は2歳半からであることの確信。基盤となり これまで進んで来られています。

 本屋を始める時 山本さんが、「細くでいいから長く続けること。」と仰ってくださいました。長く続けることの意味の深さと大切さを経てきた歳月とともに重く感じています。

 ご存命の時より一層 山本さんを近く感じます。それだけ大きな深いものを 私の中に残していってくださいました。仰った時には気づけなかったことを時を経て、こういうことかと思うことがよくあります。

未熟な生徒を突き放されず厳しく温かく根気よく導き続けてくださいました。どれだけ それに応えることが出来るかわかりませんが、山本さんの 子どもへの 子どもの本への思いをみなさんに伝え、「季刊 子どもと本」で 取り上げてある質のある本を、次の世代に一冊でも多く残していけるよう やっていけたらと思っています。

 2022年 5月4日

 井上良子


過去の往復書簡の掲載案内

1回目 2021年6月23日

 2回目 2021年8月20日

 3回目 2022年2月5日

「ありがと書店」さんホームページでもご覧いただけます。

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