伊藤寛美さん
今年は 桜を例年より長く楽しむことが出来、幸せな気持となりますね。
ある方より「山本まつよさん(「子ども文庫の会」創始者)からおしえてもらったことで、井上さんが一番残っていることは何?」と訊かれ、「本質を見ていくことかな。」と答えました。おしえてくださった沢山の中で幹となるのは、やはり本質を見ていくことです。山本まつよさんとの出会いがなかったら、多分私はそのような見方をせず 生きてきたのではと思われ、大切なことをおしえていただいたと改めて思います。
1983年に山本まつよさんに出会いそのセミナーで、「せんろはつづくよ」(岩波書店)を読んでいただき、心が躍り、ここに居ることの生きていることの喜びを感じました。文学(文芸)に出会った瞬間だったのですね。私が感じたその喜びをこれからも子どもに大人に伝え続けていきます。
お子さんと本を楽しまれてた方も、お子さんが本から離れていくと親御さんも離れてしまわれる。逆なのかもしれませんね。本の楽しさを知ったら手放せられませんから。親御さんが本の楽しさに出会われてなく、子どもにただ読んであげてあるだけだったら、子どももその先に進めない、自然と離れてしまうのでしょう。子どもと一緒に出会うのではなく、子どもより先を進んでいかれてほしいです。いつかは追い越されるでしょうが、その時はその子は本の楽しさを十分知っていますから、自分で本を見つけ出せるでしょう。
先月末、伊藤さんも同行してくださり、唐津の「べにばな薬局」さんに販売に伺い、お薬の相談に来られた方に「アンガスとあひる」「アンガスとねこ」(ともに福音館書店)を読みました。あの感動が今も残っています。その方の中に文学(文芸)の喜びが光となって入っていっていると読みながら感じられ、読んでいる私も喜びに浸っていました。本屋としての最高の瞬間です。
初めて子ども文庫の会のセミナーに参加をした1983年、本屋を始めた1997年、にくらべ、子どもの本は豊かになってきたのでしょうか。冊数は多くなったのかもしれませんが、内容の質は下がってきていると思います。新しく出版される本に文学(文芸)を感じるものが少ないです。
心が躍り、生きている喜びを感じられる、そういった本に子どもに出会っていってほしいです。そこからその子の中に生まれるものは、人を信じ自分を信じられる肯定感です。
それを感じられる子は、人生を自分の足で生き抜く力を持つことでしょう。
今回で最後の往復書簡となります。書くことにより、本(文学文芸)に出会っての40年間を振り返えることとなりました。引き出しの中をのぞき、整理出来たような気分です。大切なことを確認し置くことが出来ました。
こういった機会を設けてくださりありがとうございました。
また、拙い文を読んでくださいましたみなさまありがとうございました。
本屋はもうしばらく続けてまいりますのでこれからもよろしくお願いいたします。
2024年 4月10日
子どもの本や
井上良子
井上良子さま
最後の往復書簡が井上さんから届いて、1か月以上も経ってしまいました。
桜の木々は新緑から 濃い緑に変わろうとしています。
2か月前、唐津の「べにばな薬局」さんで遭遇したことは、とても美しい時間として残っています。
井上さんが絵本を読み終わられると、その方は涙ぐんでらっしゃいました。ご自身、愛犬と暮らされていて、近頃は叱ることが多くなっていたとか。その方の内側に閉じ込めていた愛情があふれ出されたような、何ともいえない濃密な時間でした。
“文学(文芸)の喜びが光となって入っていっている”
井上さんのお話し会や販売会へ参加・同行すると、度々、そのような瞬間を感じることがありました。私自身、「子どもの本や」さんへ初めて伺い「しずかでにぎやかなほん」(童話館)を読んでいただいたとき、心が開くような感覚を経験し、その体験が忘れられず、今に至り、井上さんのなさっていることの真似からでもとやってみているのです。
文学とは何だろうと 浅はかながら考えるとき、心がどれだけ栄養を吸ったかということで、はかれるように感じるのですが、今、考えると、以前の自分の本棚はあまりにも栄養不足だったと思えてなりません。井上さんや 季刊「子どもと本」(子ども文庫の会)を知ったことが どれだけ自分の人生に影響をもたらしたか、はかりしれません。
保育園の栄養士として20年勤めていたのですが、その頃の自分は どれだけ子どもたちの持っている力を信じられていたのだろうと、頭をかかえてしまいます。
数年ぶりに その保育園の理事長先生にお会いをした時「子どもたちのなかに神様がいると思うんだよね、子どもたちと向き合うと いろんなことを教えてくれるよ」と園庭の子どもたち 見守りながらおっしゃっていたのですが、この言葉も以前の私には真意がつかめなかったと思います。
「子ども文庫の会」の創始者の山本まつよさんも 当会編集の季刊「子どもと本」のなかで、折にふれ「いつだって 子どもたちが教えてくれます」とおっしゃっています。
何を教えてくれるかといえば「生きていることの喜び」。
私は絵本を知ることで 子どもたちに向き合い、子どもたちを知ることで 人が生まれて死ぬということに向き合い、生きていることの喜びということに向き合い、そこには 本があるということを知りました。
随分、時間がかかってしまったと思います。しかしだからこそ 「子ども文庫の会」さんや「子どもの本や」の井上さんには遠く及びませんが、これから 微力ながら 本の持つ力を伝えていきたいと思っています。
井上さん、拙い文章にも誠実にお応えいただき ありがとうございました。
そして、これからも いろんな本を教えてください。
皆さまに、豊かな本とのたくさんの出会いがありますように。
2024年5月20日
伊藤寛美
追記
井上さん
つい先日、元職場の後輩に連絡することがありました。
2人目の子どもが生まれて6カ月になっていたので どうしているか気になり 電話しました。1人目の子は 今年の夏で3才になります。以前プレゼントしていた「とらとほしがき」(光村教育図書)を最近、よくリクエストされ、読むたびに「とら、もう1回読んで」と 続けて2~3回は読んでいることを教えてくれました。
本を読んでいる最中に「ぼく、ほしがき もってるよ」と言うので、後輩はなんのことだろう?と、とまどうらしいのですが、その子が「とらとほしがき」を楽しんでいることが伝わってきて とてもうれしくなりました。
5月末には、小郡の学童保育をされている「つむぎ」さんに伺いました。
私が 絵本屋を閉めて、子どもたちに本を読む機会がなくなっていることを危惧して井上さんが 行ってみられてはどうですか、とおっしゃってくださったことが後押しになり、昨年末に初めて伺って以来だったので、ご連絡するのも緊張しましたが 思い切って電話をしてみると、とても快く了承してくださり、5カ月ぶりに子どもたちに絵本を読んであげることができました。
久しぶりだったので 読むことだけで精一杯で、子どもたちの様子を受けとめることはでくませんでしたが、それでも「その本、小さい頃 好きだった」とか「同じ本が 家にもある」と話してくれた子どもたちの真っすぐな目を見て、来て良かったと思いました。
この1カ月の間に、井上さんと電話でのやりとりを数回させていただきましたが、その中で、この往復書簡を終了する本当のところに 私が本から離れていることが感じられることを指摘してくださいました。
「心を伝えることができなかったんだな」とも 言わせてしまいました。
わかったようなことを ぬけぬけと話している自分が とても はずかしくなりました。
ただ、子どもたちへ良い本を教えてあげたいという気持ちにはいつわりはありません。
又、お店を再開し、伝えてあげたいと思います。
今後とも よろしくお願いいたします。
2024年6月15日
伊藤寛美
過去の往復書簡の掲載案内
1回目 2021年6月23日
2回目 2021年8月20日
3回目 2022年2月5日
4回目 2022年5月25日
5回目 2022年8月15日
6回目 2022年9月24日
7回目 2023年1月15日
8回目 2023年6月24日
9回目 2024年6月22日 (最終回)
「ありがと書店」さんホームページでもご覧いただけます。
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https://prayer.jimdosite.com/