9月の営業日はカレンダーの黄色の枠の日にちです。
よろしくお願いいたします。
井上さん
先日、東京で子ども文庫の会のセミナーに参加しました。
セミナーは 全5回です。そのうちの2回に加わりました。1回は、参加者が各々 絵本を持ち寄り、紹介し、感想を伝え合い さらに似た他の本と読み比べていくというような内容で、もう1回は『日本昔話百選』の中からいくつかの昔話を読んでいくというものでした。 福岡の子どもの本やさんで不定期にやっていただいたおはなし会と同様、1冊1冊をひもといていき、本のというか、文章のあり方が読む側にもたらす影響力を実感し、本、本来の楽しさを知ることができる時間でした。なかでも、印象深かったものは 『ピーターラビットのおはなし』です。
今回このピーターラビットのシリーズは、訳者、出版社が変わって新しく出されていますが、その新しいものと、それ以前の訳者のものとを それぞれ読んでいったのですが、全くといっていい程、違うものになっていました。以前のものにある、物語中の、時々 感じることのできるユーモアから湧き上がる余韻が、新しい方には全くありません。とても驚きました。こんなに違うものに変えてしまうことができる出版社や訳者に腹も立ちました。
そして、これから この新しい『ピーターラビットのおはなし』にであう子どもたちは、大人になっても思い出すことはないだろうと思います。
昔話にも同じことがありますよね。
以前、子どもの本やさんでも比べ読みで体験していましたが、今回のセミナーでも改めて。口頭伝承で長い年月をかけて語られてきた昔話を、再話で創ったものには 心に残るものがすっかりけずり落とされ、面白味がなくなってしまっているという。
再話されたものを読み終わった後の 後味の悪さをそしゃくするのに時間がかかることになりました。
セミナーに参加して思うのは、子どもたちのやわらかい感性を質の悪い文章や言葉で固めてしまうことの罪深さです。
今の自分には全く力が無いことも痛感します。
セミナーには気付きががあり、貴重で豊かな時間です。
子どもの本やさんの勉強会にも 又、参加します。
よろしくお願いします。
2022年7月23日
伊藤寛美
拝復
伊藤さん 5回目の往復書簡のお手紙をありがとうございました。 ご主人が監督をされた「おれらの多度祭」上映のことで2ヶ月東京に滞在をされ、その間 子ども文庫の会の初級セミナーに参加もされ、東京での生活を満喫されましたね。 お手紙を拝読し、本の奥深さに改めて心を動かされ、伝えることの大切さと難しさを感じられたのが伝わってきました。
月に一度いらしてくださるお客様(女性)が、表紙が見えるよう並べていた棚の「あひるのピンの ぼうけん」を見られ、「小学一年生の時 先生が『シナの五にんきょうだい』を読んでくださいました。その絵と同じですよね。」と懐かしそうにおっしゃってました。五十代の方ですが、残っておありなのですね。本(文学)と出会うって、こういったことなんだなとお話を聞きながら思いました。すぐ結果や形としては出ないけど、心の中心の所に入り、豊かな思い出として満たされるものなのですね。
昔話は口承文芸なので口づたえに耳から入り、聴き手が想像を膨らませていく。なので、昔話の約束ごとに 語りは簡潔であり 話は前へ前へ進んでいくとあります。しかし、再話の中には くどくどとしたものもあります。そういった説明的な再話を好まれる方もいます。想像していく楽しさよりも、説明されることの方を好むということが。すぐれた絵本や本はすべてを語らず、読み手 聴き手を信じ任せています。そういった本よりは想像する余地のない本を選ぶ人が増えてきているように思われ、危惧しているところです。想像する喜びが奪われてきているように思われます。なので、100年後に想像の喜びを感じさせてくれる、M・センダック、E・ファージョン、J・R・R・トールキン、A・ランサム、R・サトクリフ、I・B・シンガー、J・エイキン、F・ピアスなど 私の大好きな作家の本を読めるよう残していくこと。さて、どうすればよいか。答えは子どもです。子どもにそれらの作家の本に出会ってもらう。そうするには、お母さんお父さんです。両親が(どちらかでも)本が好きだったら子どもは読み続けていきます。
お手紙に「今の自分には全く力がないことも痛感します。」と書いてありましたが、踏み出していかれてください。小さなことからでも。結果はすぐには出ません。しかし、気持ちを伝える(出す)行動をされてください。 100年後の子どもたちのために
2022年8月2日
井上良子
過去の往復書簡の掲載案内
1回目 2021年6月23日
2回目 2021年8月20日
3回目 2022年2月5日
4回目 2022年5月25日
「ありがと書店」さんホームページでもご覧いただけます。
「てぶくろ」
エウゲーニー・M・ラチョフ 絵 福音館書店 1,100円(税込)
おじいさんが落としたてぶくろの中に、次々に動物たちが入っていきます。動物たちの
てぶくろに入れてもらう際のやりとりの繰り返しが、面白く耳に快く響きます。
ウクライナの現状を子どもに語るのは難しいことですが、このおおらかなウクライナの
民話を楽しむことは、心を向けることになるのではと思います。
「草花・葉っぱ・木の実で作る 自然遊び入門」
山田辰美 静岡新聞社 1,650円(税込)
ツバキのお雛さま(春)、シュロのバッタ(夏)、柿の葉人形(秋)、松ぼっくりの
馬(冬)等々、四季の身近な素材で、楽しく愉快なものを作り紹介している本です。
本を見ているだけで楽しさが伝わってきますが、作るともっと楽しいことでしょう。
夏休みにお子さんと一緒に作ってみられませんか。
井上さん
『季刊 子どもと本』第168号、拝読しました。
私が山本まつよさんにお会いしに代々木の事務所へ伺いましたのは2013年、『季刊 子どもと本』を勉強し始めて1年ぐらいの頃です。
その時期、東京へ行くことがあり、地図の右も左もわからないなか、夫の「ご迷惑かもしれないが、この機会にダメもとでお訪ねしてみた方がいいんじゃないか?」という言葉と、事務所へ伺う直前に井上さんにお電話した際、井上さんがお聞かせくださった山本さんのご体調を心に留めながら、『季刊 子どもと本』に掲載されている住所を頼りに訪ねさせていただきました。図々しく押しかけた割に、到着した時の私はかなり緊張しており、その様子に戸惑われたと思うのですが、青木さんが応対してくださり、奥の部屋へと案内してくださいました。
お部屋にはいると山本さんがいらっしゃいました。
福岡でちいさな絵本屋をやっていることや、『季刊 子どもと本』で子どもの本のことを勉強しているというようなことをお話させていただいたと思います。山本さんとは二言三言、言葉を交わさせていただいただけではありましたが、そのときの、山本さんのお使いになる日本語の響き、そのトーンの美しさは、今でも忘れられません。
その声で文庫の子ども達が本を読んでもらったり、お話を聞いてもらったりしているというのはとても豊かで贅沢な時間に違いないと、うらやましく感じながら事務所をあとにしたことを憶えています。
追悼文からは、山本さんが子どもたちから発見し、示し続けてこられたものが継承されているのを感じました。
いま、リリアン・H・スミス 著 石井桃子/瀬田貞二/渡辺茂男 訳の『児童文学論』(発行1964年 岩波書店)を読み終えたところです。原書は1953年に発行されています。そのなかに「子どもはおとなの父」という言葉がありました。
『季刊 子どもと本』創刊号では山本さんが「この世界で私たちの案内役は、子どもをおいてありません。ですから大人は、いつも謙虚に子どもたちと向き合い、子どもから学べばいいのです。」と教えてくださっています。
まつよさんが書かれているように「謙虚に子どもたちと向き合う」ということはとても難しいことですが、井上さんの話してくださる経験談や、子どもと本で紹介されている文庫に来る子どもたちの様子を知ると、肩の力が抜け、子どもたちの感性のたしかさを再確認し、やはり子どもたちのそばには上質な本があるべきだ、との思いを未熟なりに強くさせていただいております。
山本まつよさんから受け取られたことを、私は井上さんにたくさん教えていただいています。そこで、改めてお願いしたいのですが、ぜひ、この往復書簡にそのなかのひとつだけでも書いていただけませんでしょうか。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
2022年4月5日
伊藤寛美
伊藤さん
4回目の往復書簡のお手紙をありがとうございました。
山本まつよさんにおしえていただいたことは たくさんありますが、特に 私の中で大きかったことを書きます。
私が山本さんに初めてお会いしたのは、福岡での第2回目のセミナーがあった1983年8月です。初級セミナーの「絵本」は受講生が好きな 気になる絵本を持ち寄り、その中からと東京よりお持ちくださった絵本から数冊を山本さんが読んでくださってました。持ち寄りの一冊に「しろいうさぎとくろいうさぎ」があり 読んでくださってから「お好きな方?」とお訊ねになりました。私も含め何人もの人が手をあげました。「どこがお好きですか?」という問いにある方が好きなところや感想など言われ、その方と山本さんとのくり返されるやり取りから、私がこの絵本が好きなのは、私の中にあるセンチメンタルな感情からくるものなのだということがはっきりとわかりました。自分の中にセンチメンタルな感情があることに気づいた瞬間でした。
それまでに読んでいた本の中にもセンチメンタルな本があり、それをよしとしていたのは内容ではなく、それに涙する自分に酔っていたのだと気づきました。 その後 たくさんの本を読んでいく中で 今ではセンチメンタルなところでは本は読めない、本質に辿り着けないと はっきり わかります。
もうひとつは、1985年6月の第1回目の熊本セミナーに参加をし、質問をしたことです。娘が1歳9ヶ月になっていて、2歳半前でも楽しめないかとしつこく質問をしました。最後に山本さんは「あなたがそう思われるのでしたら そうなさったら。わたくしはいたしませんけど。」と仰いました。山本さんは そうされないんだ、やはり意味のないことなのだと感じ すとんと落ち、ぐちゃぐちゃしていたことがすっきりしたのを覚えています。
現在までの我が子を含め 子どもとの関りから、何と拙い質問をしたのかと恥ずかしいです。その愚かな質問にも山本さんは まっ正面からきちんと向き合い答えてくださいました。
自分の中にあったセンチメンタルの気づきと、子どもが本(文学)と出会える年齢は2歳半からであることの確信。基盤となり これまで進んで来られています。
本屋を始める時 山本さんが、「細くでいいから長く続けること。」と仰ってくださいました。長く続けることの意味の深さと大切さを経てきた歳月とともに重く感じています。
ご存命の時より一層 山本さんを近く感じます。それだけ大きな深いものを 私の中に残していってくださいました。仰った時には気づけなかったことを時を経て、こういうことかと思うことがよくあります。
未熟な生徒を突き放されず厳しく温かく根気よく導き続けてくださいました。どれだけ それに応えることが出来るかわかりませんが、山本さんの 子どもへの 子どもの本への思いをみなさんに伝え、「季刊 子どもと本」で 取り上げてある質のある本を、次の世代に一冊でも多く残していけるよう やっていけたらと思っています。
2022年 5月4日
井上良子
過去の往復書簡の掲載案内
1回目 2021年6月23日
2回目 2021年8月20日
3回目 2022年2月5日
「ありがと書店」さんホームページでもご覧いただけます。